大航海時代(だいこうかいじだい)とは、15世紀中ごろから17世紀中ごろまで続いたヨーロッパ人によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの海外進出をいう。主に西南ヨーロッパ人によって開始された。
以前は地理上の発見あるいは大発見時代と呼ばれていたが、ヨーロッパ中心の概念であるので大航海時代と名称が変わりつつある。
人類が出現して以来隣り合う文化文明は互いに交流し影響を及ぼしあってきた。これは人類に限られることではなく、道具の使用までをも文化と認めるならばチンパンジーや一部の鳥獣についても、個体間や隣り合う地域を通して文化交流が行われていることが知られている[1]。人類は言葉や文字を使用することで、より円滑に文化文明を伝播することが可能であるが、極東と西ヨーロッパのように遠隔地に住む人々が直接交流するためには、試行錯誤を経た知識の蓄積や科学技術の進歩を待たなければならなかった。
広大な領土を有する強力な国家が成立した場合、当然、その国家では遠隔地の交流は盛んになり国際化する。そのことは四大文明の発祥地をはじめインカ帝国やアステカ帝国でも同様であった。
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古代ギリシャ人の場合、彼らが思い浮かべる世界は地中海周辺とエジプトさらにアケメネス朝ペルシャが支配するオリエントの一部であったが、アレキサンダー大王の東方遠征によってギリシャ人の世界観はインド・中国までに広がった。アレキサンダーがペルシャの皇女を娶ったことに象徴されるように、ギリシャ人の支配地域ではコスモポリタニズムが標榜され、遠隔地に住む人々同士の交流が盛んに行われ、その伝統はディアドコイ達が建国した国々やギリシャ文化の影響を強く受けた古代ローマにも受け継がれた。
パックス・ロマーナの下、整備された航路や道路を使って盛んに遠隔地交易が行われ、地中海地域や中東地域をはじめ遠く極東からも珍しい商品がローマにもたらさた[2]。多様な人種・民族が奴隷となり或いは傭兵となり、またある人々はローマの富を求めて流入し、国際間の交流は益々増加して行った[3]。
中東・インド・中国でも強力な世界帝国[4]が出現し、その影響下にある国々の間では盛んに交易が行われ、多数の交易路や航路が開拓整備された。アフリカ地域でも栄光の古代エジプトのほか、大陸奥部にも王国が成立し、塩や金が大陸を行き交った。このように各地域で発展した交易圏は、時代とともに互いに接触を深め、旧世界においては世界的交易ネットワークが徐々に構築されていった。